週刊文春がお笑いコンビEXITの兼近さんの犯罪歴を報じました。
その翌日に出された彼のコメント見て、なんとも切ない気持ちになったんですよね。
今回の事で改めて自らの過去としっかりと向き合おうと思いました。兼近は過去の法律違反を美談にする気も肯定する気もありません。今は永遠に背負い続け、こんな俺が夢を見たり簡単に他者と関わってはいけないと再認識しています。
過去に悪いことをしたら「夢を見ること」もいけないんだ、、、
そう自分を戒めて生きていく人生を想像すると、それってすごく切ないし悲しいし、
一度闇に踏みいれた人間は、光を見ちゃいけないのかと思うと、
なんていうか、胸が締め付けられるような気持ちになりました。
だってね、誰だって「やっちまった!!」って過去があると思うんですよ。
自分のせいで誰かの人生を変えてしまったとか(よくない意味でね)
ものすごく人を傷つけたとか、犯罪ではないけど人の道を踏み外したとかね。
私だって、数えきれないほど、やらかしてます。
後から、自分のしたことの「事の重大さ」に気づいても、
その「やってしまった過去」は、どうやったって取り返しがつかないし、
忘れようと思っても、どこか、自分の心に引っかかったままで。
何年経っても、ずっと自分を責め続けるし、
自分が悪かった、相手に申し訳ない、という気持ちも
ずっと抱えて生きていくしかない。。。
カウンセリングしていても、そうやって苦しんでる方が
多いんですよね。
「過去、あんなヒドイことをしてしまった私が
幸せになる資格なんてない」って、
大人になった今でも、子ども時代のことをひきずっている。
多くの場合は、若気の至りだったり、「つい自分を抑えられなくて」みたいな理由で悪気なんてなかったはずなのに、
未だに罪悪感を感じて、幸せにならないことで自分を罰している。。。
お話しを伺っていると「・・・誰も悪くないのにね」みたいな出来事も多くて、
なのに、自分を罰し続けているクライアントさんを見ていると、
なんとも言えない悲しい気持ちになるんですよね。。。
話しは戻って、兼近さんね。彼のコメントの続きです。
しかしこんな俺だからこそ出来る事、見てほしい事、伝えられる事が沢山あると思って居ます。
この件は被害者が居なかったかもしれませんが法に裁かれずとも俺は沢山の人に迷惑をかけたり傷付けてしまったりして生きて来ました。
でもどれだけ自分の生まれ落ちた場所、育って来た環境、当時当たり前になっていた普通を恨んでも、それは俺を生み育ててくれた親族、先生や友達、関わってくれた全て方の人生も否定する事になるので、恨んだり後悔する事はやめました。
そんな自分を否定する事を辞めれるよう、それがあったから今がありますといつか言えるような生き方をするように毎日心がけています。最初から真面目にドロップアウトせず日々過ごしている皆様が正しいと思います。俺は途中から道に戻ろうとしてしまった別世界の奴なので同情してほしいなんてクソほども思いませんしそれでも俺はまだみんなと生きていきたいと思ってしまっています。
60億人60億色の生き方があって中には自分の今いる場所に違和感を感じている人も居ると思う。
そこから抜け出しても受け入れてくれる場所はまだあるぞと、失敗しても抜け出して楽しんで生きてる俺を見せることが人を励ます事になれればと本気で思っています。
なんか、すごいなぁ、若いのに人間デキ杉くん。
彼の言っていることは、ほんと本質ついてるなと思います。
「過去の失敗」は、悶絶しても、後悔しても
どうやったって取り返しがつかないこと。
誰かを傷つけたり、取り返しのつかない失敗をした人は
ずっとそれをひきづって生きていかないといけないのか。
一度でも、闇サイドへ踏み入れてしまったら、
もう光を夢見たりしてはいけないのか。
嫌。
そんなことはない。
誰だって、間違えを起こす。取り返しのつかない大失敗をしたり、
意図せず、人を傷つけてしまうことだってある。
それでも、もう一度やり直すことができる。
どう生きるかを選択し直すことができる。
「やってしまった過去」のせいで、誰かからの評価が下がったり、
そのことで離れてしまった人もいると思います。
言うべきでない発言をしたことで、解雇された同僚もいました。
それでも。
そのどん底と思える苦しさを乗り越えて、
また光を目指して、一つ一つ目の前のことを積み重ねていくしかない。
たとえ過去に「闇」な部分があったとしても、
「光」サイドにいくことができる。
いつからでも、どんな状態からでも、です。
そうなるための最初の一歩は、ちゃんと過去を消化すること。
封印したり、目を背けていたら、その罪悪感や自分責めはずっと続くのでね。
もういい加減そういうのやめて、前へ進みたい☆って方は、こちらでお待ちしています。
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